2005年4月14日木曜日
「ピン」てご存じ?
昨日無事に帰国しました。
さてさて帰国早々、精力的にこの「言いたい放題」
をアップしていきますんで、みなさんよろしくです。
そんな本日のテーマは、タイトルにもあるように、
前々から耳にしていた「ピン」というものについて
「言いたい放題」したいと思います。
あっ、先に言っておきますが、今回の「言いたい
放題」は相当長ったらしい文章で、なおかつ読む
人によっては、相当耳が痛いような事も書きます
ので、そういうのが苦手な人は読まない方が気分
を害さないのではないかと思います。
あと、このブログは「一万文字」以内の文章しか
掲載する事ができないらしく。今回は優にそのキ
ャパを越えた文章量なので、二回に分けて掲載さ
せていただきますので、その点をご了解下さい。
それでは本題です。
まずみなさん「ピン」と聞いて何を思い浮かべま
すか?
ボーリングピン?
ピンからキリまでのピン?
ヘアピン?
実はねこれ、ピンストライプの事を指す単語らし
いんですよ。ていうよりも、ピンストライプの事
を「ピン」と呼んでる人がいるんです、といった
方が正しいな。
もぉかれこれ数年前の話しなんですが、一番最初
にそれを聞いたときに感じたのは「へ!?ピンて
何??なんでそんな安っぽい呼び方をわざわざす
るの??なんでもかんでも、略せばいいってもん
じゃないんじゃないの?」って思いました。
しかもそれは、ピンストライプを(一応)仕事と
している人が口にしていたため、余計に疑問に思
ったのです。
たしかに言葉というのは、その時代によって常に
変化していくものではあります。
特に長ったらしい単語は、会話の際に言いやすく
略されるのが昔から常で、日本語でいうならばキ
ャブレーターの事を「キャブ」と縮めてみたり、
トランスミッションの事を「ミッション」と言っ
たりもします。
英語でもそういう事はよくあり、Californiaの事
を短く縮めて「Cali」と表記したり、それこそ
Transmissionの事は「Trainy」と略したりもし
ます。
そういう方程式からいくと、ピンストライプの事
を縮めて「ピンスト」と略す事は確かに今までも
ありました。
ていうか、ほとんどの人が「ピンストライプ」な
んてわざわざ言わないでしょうね。今じゃピンス
トで十分意味が通じますもんね。
でもそのピンストていう単語も意味が通じるのは、
日本人同士だけの話しで、アメリカ人に「ピンス
ト、プリーズ」なんて言ってもまったく意味は通
じないのです。
なぜなら、英語でピンストライプを略す言葉は、
ピンストではなく「Striping」だからなのです。
話はちょっと飛びますが、ワタシが初めてアメリ
カに訪れたのは、今からさかのぼる事14年も前
の1991年の事でした。
その頃のワタシは、まったくといっていいほど英
語は話せず(今でも大した事はありませんが)、
かなりのストレスを感じたのと同時に、自分に対
する不甲斐なさというものを強烈に感じたのを今
でもよく覚えています。
その不甲斐なさを感じたきっかけが、まさに今ま
で英語だと思って信じ込んでいた単語が、実は
「和製英語」というものがあまりに多く、またそ
れがまったくもって通じないという事でした。さ
らには、発音やイントネーションもきちんと言わ
ないと、やはり伝わらないという事をことごとく
実感したのです。
でも、とにかくアメリカが大好きで、なんとかア
メリカ人たちとクルマの話しをして盛り上がりた
いと思っていたワタシは、その時から「よし、今
まで日本でなんとなく適当に覚えてきた英語や和
製英語というものは全部忘れて、今から一からア
メリカで本物の英語というのを覚えよう」と決意
し、それからはそれこそアメリカ人に積極的に話
しかけていき、なんとか今の様にある程度の日常
会話程度はこなせるようになっていったのです。
そんな事をしている内に、今度は雑誌の仕事をす
るようになっていきました。
それは当たり前ですが、文章というもので色々な
出来事や物を自分が紹介するという立場になると
いう事で、今まで自分が英語だと信じていた単語
が実は和製英語で、それがまったくアメリカでは
通じなかったという悔しい思いをしたワタシは、
少なくとも自分の記事を読んでくれた読者には同
じ思いをさせたくない、という気持ちから極力英
語の単語はテキトーに略したりせずに、正確に表
記する様に今まで努めてきたのです。
それは、日常の会話でも同じで、ワタシは意識し
てピンストライプの事を「ピンスト」と口にした
事はありません。
また、今まで数え切れないほど、ピンストライ
プという単語を自分が書く文章の中で使ってきま
したが、一度たりとも「ピンスト」と略した単語
は使った事はないのです。
だって、通じもしない言葉なんて、覚えたって意
味ないじゃないですか。どうせ覚えるなら、きち
んとした英語としての単語を覚えて、それが後に
アメリカ人たちとのコミュニケーションの際に役
立つならまだしも、通じない単語なんていくら覚
えたって意味ないですよ~。
ですから「ピンスト」ならいざしらず、「ピン」
などというのは、ワタシからしてみればまさに
もっての他で、「そんなのゼッテェありえねー。
ピンてなんだよ?訳わかんねぇ。ざけんな、ボ
ケ!」という風に思ったのです。(まぁだから
わざわざ、時間を割いてこんな文章を書いてる
んですけどね)
ワタシはピンストライプを含めた、カスタム・
カルチャーというものが大好きです。
またそれに対してと、さらにそれらをクリエイト
するアーティストたちに対して、常に最大のリス
ペクトをいつも心がけるようにもしています。
カスタム・カルチャーとはその名の通り「文化」
だと思ってます。という事は、それを行う者、
またそれを伝える者は「自分は文化というものを
(ピンストライプや文章という形で)伝えている
んだ」と意識しなければならないと考えています。
そう、要は意識の問題なのです。
恐らくピンストライプの事を「ピンスト」や「ピ
ン」と安っぽく呼べちゃう人たちは、それらをそ
の程度の安っぽいものにしか感じてないんでしょ
う。
実際ワタシも、激安ショップのドンキホーテに対
しては、何の感情も思い入れもありませんから、
略して「ドンキ」と普通に呼びます。
それは自分の意識の中で「ドンキホーテの事をい
ちいちご丁寧に、ドンキホーテなんてフルネーム
で呼ぶ必要はねぇだろ。長ったらしい。ドンキは
ドンキで十分なんだよ!」という思いが根底にあ
るからであって、そこには何のリスペクトもない
のです。
それと一緒で、ピンストライプの事を「ピンスト」
とか「ピン」と呼べる人は、そこに何の感情も
思い入れも、リスペクトも持ってない、と思って
もある意味不思議ではないですよね。
しかもそれがですよ、百歩譲ってお金を払うお客
さんが軽々しく呼んでるならまだしも、ピンスト
ライプというものを施す事によって、お金をいた
だいて生計を立ててる人たちが呼んでるんだから、
ほんと悲しいというか、タチが悪いというか、
まぁ突き詰めると何も考えてないというのが現実
なんでしょうね。
そういった事に対してワタシは、はっきり言って
まったく感心できませんし、そんな発言をしてい
る人たちを見ると、その時点で「あっ、コイツは
アホだな。ぜってぇ、大した事ねーな」って思っ
てしまうのです。